◆ 問 題 ◆
新石器時代には、土器やを使っていた。この時代、人々は農耕や牧畜をして暮らしていた。そのため集団で“むら”をつくって定住するようになった。
日本では、表面に縄の模様をつけた土器が出土している。こうした土器が使われた時代を時代と呼んでいる。紀元前(B.C.)4,3世紀まで続いたとされている。
その時代に人々は、住居に住んでいた。さらに、湿気が多く病気になりやすい低地などをさけ、ひらけた台地や海に近い丘に住んだ。
彼らが魚や貝を捨てた場所がとして残っている。さらに人々は平等であった。
まじないや祈りのためにが用いられた。死んだ人はされた。
世界の四大文明は、古い順に文明、エジプト文明、インダス文明、文明である。
これらの文明の共通点・・・
次の表は四大文明のまとめである。
メソポタミアとは、という意味である。現在(国名)のあるところに位置していた。
メソポタミア文明では、文字をに刻んだ。
B.C.1700年頃、王が、「目には目、歯には歯」という原則に基づく法典を定めた。
(例)195条:子が自分の父を打った時は、この手を切り取る。197条:人の骨を折った時は、折った人の骨を折る。
川の増水が原因で、かんがい・堤防工事が行なわれるようになると、測量術が発達した。また、増水の時期を知るために月の満ち欠けと太陽を規準としたが取り入れられた。さらに、1週間7日制や、60進法なども取り入れられた。
エジプト文明は、ナイルのといわれていた。それは、ナイル川が氾濫すると豊かな耕地をもたらしてくれ、さらに、洪水の後の土地を測るための測量術やかんがい水路・排水路の発達を促した事による。
文字は、(植物名)などに書いた。
高さ146メートルものが建設された。
インダス文明は、などの都市を中心とした文明で、道路や下水道などがつくられていた。
B.C.1500年頃、が侵入し、原住民を征服した。さらに、制がつくられ、数千もの身分に人々は分けられた。以下の表は、四つの基本的な身分の区分(ヴァルナ)を示したものである。
他の身分の人とはも出来ず、さらに仕事も変えられなかった。また、最下層民は“”と呼ばれて非常に卑しいものだとされ、差別された。
B.C.5世紀にという人が教をはじめた。そして、B.C.3世紀に王によってこれをもととした政治が行なわれると、カースト制に苦しむ人々の間に受け入れられていった。その基本的な教えとは、人は平等であり、欲をおこさず正しい行いをすれば、この世の苦しみから逃れられる、というものだった。
しかし、紀元(A.D.)4世紀に教が成立すると、インドでは衰えていった。
黄河文明の大河、黄河は中国を流れる2つの大きな川のうち北のほうにある川である。(南はである。)黄河は、流域が黄土のために黄色っぽい色をしている。
この文明で、B.C.1500年頃、という国が生まれた。
文字は、その名の通り亀のや牛の骨などに書かれ、漢字のもととなった。
この国は、B.C.11世紀頃、という国に滅ぼされた。その国では、王の一族などを諸侯として国を分け与えて治めさせた。
しかしこの国も、北方の遊牧民の侵入によって衰え始め、B.C.8世紀頃から、と呼ばれる時代に突入した。550年間ほど続いた。
このころ、戦いのための器や、貨幣などが使われ始めた。
さらに、この混乱した時代には多くの思想家も現われ、特にという人物は、「自分の心を治め、家をととのえ、それをもとに上下の秩序のととのった政治を行なうべきである」といって、教を創始した。